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読書とプログラミング

僕は、いわゆるシステムエンジニア(SE)とかプログラマとかと呼ばれる職業についています。この世界に入ったばかりの頃はプログラミングってなに?と聞かれて困ることが多かったんですけど、ここ数年は「スマホアプリとかを作ることだよ」と答えることができるようになって非常に助かっています。まあ結局「スマホアプリってどーやって作るの?」と聞かれて撃沈はするのですが。。

プログラミングというのは、プログラム言語という決まった書き方に則って、プログラムの処理の内容を書くことです。たとえば、Facebookのログインプログラムを作るなら、ログインボタンが押された時にユーザが入力したIDとパスワードが正しいかチェックして、正しければホーム画面、間違えていたらエラーメッセージを出してログインさせないようにする、なんてことを記号みたいな文字の羅列(プログラム言語)で書くわけです。
最近、小説を読むようになりを、読書という行為と自分の仕事であるプログラミングという行為を比較するようになりました。文系/理系のくくりで考えると両者は真逆です。「言語」を扱う点では同じです。インプット/アウトプットというてんではやっぱり真逆です。ただなんだろう、文系理系という大きなくくりで相反するイメージがあるにも関わらず、両者は同じカテゴリーに属する気がします。

そこで、インプット/アウトプットの違いを無くして考えてみました。つまり、読書というインプット行為ではなく、(小説の)執筆というアウトプットな行為と比較しようと。しようとしたのですが、残念ながら僕には執筆の経験がないので、ブログを書く、に置き換えます。
ああ似てる。言語を使ってなにかを表す。同じじゃないですか。

いいえ、違います。プログラミングは論理的であることが全てです。それに比べてブログは、最低限の文法さえ守っていれば、論理的であること以外にも、感情に訴えるなどの要素が必要になります。いやいやそれにしても優れた文章というものはやはりロジックがしっかりしていないといけないわけで。。


と、堂々巡りになってしまったのですが、何となく自分の中ではサッカーと野球みたいなもの、と結論づけました。パッと見は全然ちがうけど、基礎体力や運動神経の部分では共通しているみたいな。アメリカの学生が季節毎に種目を変えるように、プログラミングとブログを両立させてどちらにも良い影響を与え合えれば良いですね。


長文になってしまいましたが、今回のオチは「プログラミングは論理的であることが大事といってるプログラマの文章が論理的ではなかった」という所です。