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本を読んでいて、情報に流されている自分に気づいた

苦しまなくて、いいんだよ。

苦しまなくて、いいんだよ。

この間Kindleの日替わりセールで買った「苦しまなくて、いいんだよ」という本を読んでいます。タイで出家した日本人が書いた本です。感想はまた別の機会に書くとして、今日は「ネットとかで情報に触れまくっているせいか、本に書いてある内容を吟味しなくなったなあ」と感じたきっかけについて書こうと思います。


僕は昔から、本をざっと読む癖があります(そのわりに、特に速読でもないのですが・・)。小説ですら、登場人物の心情やら風景の描写を楽しむのではなく、とにかく続きのストーリーを求めてどんどん読み進めます。教養を得るための本、ビジネス書や自己啓発系なんかは知識を詰め込むことだけが目的なので、さらに飛ばして読みます。少しでも難しい箇所は無視します。


SNSやキュレーションサイトがはやり出して、情報のつまみ食いはさらにエスカレートしています。昔、アメリカの大学に通っていた頃、読むべき資料の量がとにかく多くて結構な情報のつまみ食いをしていたのですが、今は必要もないのに同じことをしている感じです。


今読んでいる本に限って、いつもよりペースを落として読んでいます。なぜだろう?そもそも普段は、こういう精神論的な本をお金払って読むことがあまりないんですけどね。最近、仏教を勉強してみようと思っていたので、タイミングがよかったのかもしれません。もしくは、目の前にある仕事がしんどくて苦しいので、じっくり慰めてもらいたかったのかもしれません。キャバクラでおねいちゃんに慰められるよりはずっと安上がりですし。


とにかく、自分でもよくわからない理由でゆっくり読んでいます。そして気がついたんですが、内容の理解度が今までと違うんですね。恐らくこの本、今までの読み方だと頭に残らないと思うんです。文体が柔らかくて難しい単語をあまり使っていないので、どんどん読み進めてしまいます。ちょっと読むのを止めて考えると「あ~、なるほど!」って思える内容も多いのですが、つまみ食い読みだとこれに気づかない、少なくとも僕は。


江戸時代や戦国時代の人と比べて、僕らは圧倒的な量の情報に触れていますし、知識もあります。でも、思考力の差は、知識量の差に比べると全然少なさそう。インターネットの弊害として思考力の低下が指摘されていることは、前から知っていました。自分としては、その意見に賛成ではなかったのですが、確かに今は「考えること」を意識しないと、情報に流されてしまうのかもしれません。


試しに、ゆっくり読むことと考えること、そして必要なら二度読みすることも意識してやってみます。