読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「し ご と が で き な い」ただそれだけで、人生はずいぶんと苦しくなる

たかが仕事、なんだけど、サラリーマンという生き物は、平日の起きている時間のほとんどを仕事に費やしているわけです。通勤時間や同僚との飲み会も含めて。そうなると、「たかが仕事」なんて言えるはずがない。特に、ダメリーマンはほとんどの時間を「ダメ人間」として過ごさなければいけない。怒られたり、無視されたり。同僚に恵まれたとしても「なんで自分はこんなに仕事ができないんだろう…」という劣等感に苛まれながら、業務時間をうつうつとした気分で過ごさなければいけない。仕事をしながら常に「また自分はなにかミスをしてしまうんじゃないか…」とびくびくとした気分で過ごさなければいけない。


僕はそうやって10年くらい仕事をしてきたし、最近は特にそのストレスが強くなっている。思うに、仕事ができなくない人は、仕事ができない人間の気持ちを理解できない。なぜなら、僕が、仕事のできる人の気持ちが分からないから。仕事にやりがいを感じるとか、上を目指すとか、達成感とか、そういう気持ちが全くわからない。「きっと毎日が楽しくなるんだろうな~」と漠然と夢想することはできるけれども、自分がその立場になったら具体的にどうなるのか想像できない。なので、僕らサイドじゃない人たちも同様に、僕らの気持ちが分からないと思う。


新人の頃、一緒に仕事をしていた先輩に「お前はメールの読解力がなさすぎる。なんでこのメールの内容をそううけとるんだよ」と言われたことがある。この時は、先輩が匙を投げて上司と三者面談になった。そこででた結論は「もっと本を読め」だった。学生の頃は人並み以上に本を読んでいた僕だったが、とてもその事はいえず「わかりました」とだけ答えた。僕は人が普通に理解できることを理解できない。この事実は今でも、仕事をする時のコンプレックスになっている。


最近も、トラウマになりそうな一言をいただいたけど、ブログに書けるほどまだ吹っ切れていないので省略。とにかく、仕事ができなくない人は、仕事ができない人間の気持ちが本当にわからないらしい。「特に努力しなくても普通にできる事がなぜできないんだ・・?」と戸惑うらしい。


個人差、と言ってしまえばそれまでだ。「みんな違ってみんないい」と言えるのは、良い意味でみんなと違う人であって、足を引っ張っている側が口にしてはいけない。みんなが当たり前にできる事が出来ないというのは、ずいぶんと辛いものだ。