dake008’s blog

アラフォー男子です。内容が中二病的だから、知人には読まれたくないし自分で読み返したくもない。そういうブログです。

奥さんが出産した。我々はついに、子持ち夫婦となってしまった(その2)

※この文章は1カ月前の記憶を掘りおこしながら書いているため、ところどころ描写があいまいです

 

 

そして迎えた朝。お腹が張る頻度は相変わらず高いんだけど、陣痛が進んでいる感じがしない。痛みも、今までに比べると全然辛いらしいけど、特に進行しているわけではない様子(余談だけど、この時点で彼女は辛いと言っていたが、産む直前の苦しさに比べれば全然かわいいものだった・・)。「朝の検診で帰されるなこれは。午後から会社に行こうかな」と思っていたところに奥さんから「破水したかも」の一言。破水って一気に「パーン!」と水が出る印象だったんだけど、彼女の場合はちょろちょろっと出る感じ。看護師さんに確認したもらったらやっぱり破水だった。雑菌が入るといけないから、破水をしたらすぐに出産をした方が良いらしい。という事で、抗生物質をもらって入院続行が決まった。恐らく、破水しなければこの日に生まれる事はなかったと思う。


出産を早めるため、朝の7時か8時に陣痛促進剤を点滴で打ってもらう。この点滴は分娩室に移動するまでずっと打っていた。促進剤を打つと通常の陣痛より辛くなると聞いてはいたけれど、ここから奥さんの様子が一変。。1~3分おきに陣痛の波が来るようになっていたんだけど、痛みがくるともう「痛い」「苦しい」「辛い」「でも頑張る」しか言わなくなった。顔つきも明らかに辛そうだし。痛みを少しでも和らげるために、(効果があるのかはわからないけど)僕の手を力いっぱい握ったり爪を立てるようになった。元々は非力なはずなのに、僕の手を握る力がかなり強くて驚いた。「痛くない?」と聞かれてこれくらいなら平気と答えたけど、本当は結構痛かった。あんなに苦しそうな顔をしている人に対して「痛い」と言えるはずがない。


その状態が4~5時間続いた。
こう書くと一言だけど、この時間帯は僕もつらかった。奥さんに比べたら全然だけど。まず、眠さがピーク。こんな時にと怒られてしまいそうだけど、眠いものは眠い。何度か椅子で寝落ちした。歩くスペースが1~2平方メートルしかない部屋に12時間以上軟禁されたことも大変だった。部屋の外に出るにはナースコールを押さないといけないんだけど、そこまでして外に出る用事がなかったから。そもそも、奥さんを見ていたら自分だけ気晴らしに廊下に出たいなんて言い出せない。一時間に一度、内診のために僕だけ廊下に出されたんだけど、正直、その時間をとても楽しみにしていた。。それと、数分おきに苦しむ奥さんを目の前にして何もできない事に参った。出産する時に男は無力だと聞いてはいたけど。。「俺、なんでここにいるんだろう・・」という無力感に何度襲われた事か。。


そんな地獄のような4~5時間が過ぎた頃、奥さんがついに「もう頑張れないかも。帝王切開を考えたい」と言い出す。この状態を目にして「もうちょっとだから頑張ろうよ」なんて言えるはずもなく。帝王切開の事を医者に聞いてみようかと思ったんだけど、タイミングよく子宮口が8~9センチ開いた状態になり、ちょっと早いけどと分娩台に移動できることになった。


「旦那さんは廊下で待っていてください」と言われて廊下にでて少し経つと、分娩室からもの奥さんのすごい悲鳴が聞こえてくる。心からの悲痛な叫び声というか。僕はあまり喜怒哀楽が顔に出るタイプじゃないんだけど、この時は正直リアルにちょっと涙が出た。聞いているだけで辛くなる悲鳴だった。その状態で5分だか10分だかが過ぎて、ついに分娩室に呼ばれる。いや~、行きたくなかったです。部屋に入るのが怖かった。けど、ここまで来て立ち合いを拒否する事なんてできるはずもなく、恐る恐る部屋へ入った。

 

僕が入った時はちょうど休憩(?)タイムだったので、奥さんは比較的落ち着いていた。とはいっても相当痛い事に変わりはなく、医者に「痛い。。あとどれくらいで産まれますか!?」と聞き「そうだねー、あと2時間ぐらいで産まれると思うよ」と返されると「!? そんなにムリ!10分で産みたい!」というほほえましくないやり取りをしていた。僕はというと「奥さんの頭の後ろに立って肩だかどこかを(←忘れた)支えて励ましてあげて下さい」と、恐らく特に必要とはされていない役割を与えられる。そして続行される分娩作業。

※結果から言うと、なんと奥さんはこの時点から15分後に出産を遂げる。ビバ!

 

陣痛前、奥さんは言っていた。「いきむって何だろう?いきみ方を教わっても、いきむタイミングが分からないんだけど」と。出産の事なんて、女性が分からなければ男が分かるはずがない。二人で「まあ何とかなるでしょう」と話していた。そして今、まさに奥さんがいきんでいる。出産後の落ち着いた時に聞いたんだけど、「いきむ」タイミングはその時になるとちゃんとわかるらしい。

 

さて、いつか出産に立ち会う予定のパパの皆さん。もし「奥さんから赤ちゃんが出てくる瞬間はちょっと見たくない」と思っていたら、うちがお世話になった病院に行けば、たくても見れません。うちの病院の場合だけど、ちょうど奥さん目線で遮断するかのようにタオルで下半身をカーテンのような形で隠していて、奥さんの肩だかどこかを支えるために頭の後ろに立つ事になる我々も、タオルの先は見えない。奥さんが定期的にいきみを繰り返した時(いきむときは声を上げるのでわかる)、いきなり看護師さんの腕に子ザルが現れるのです。もしくはガッツ石松。それが我が子。べったべたな何かを体中に塗りたくって、見た目は人間なんだけど信じられないほど小さな生き物(うちの子は2800gでした)が、看護師さんの腕でぎゃーぎゃーというかあーあー叫んでるんです。

 

看護師さんの腕に抱かれた我が子を見た瞬間、僕が最初に感じたのは喜びでも感動でもなく驚き。人の体内に人がいて、しかも1年近く中にいて、そいつのために色々と振り回されて、その本人がまさに今目の前にいるという驚き。恐ろしく小さい。ビックリする。僕が今まで出会った人間の中で一番小さい。そして彼女は僕の遺伝子を受け継いでいるらしい。けど、その事実がとても信じられない。もちろん「自分の子供ではないんじゃないか?」という類の疑いがあるわけではない。何というか、自分の一部を受け継いでいて、これから自分が全責任を負って面倒を見ないといけない人間が目の前の赤ん坊だという事が、とても不思議に思えた。可愛いとか涙を流すとかよりも、不思議な気持ちとプレッシャーを感じた瞬間だった。

 

出産後、親子三人の写真を看護師さんに撮ってもらったり、すげー緊張しながら看護師さんに導かれるまま娘を初抱っこしたり、分娩室で三人だけの時間を作ってもらって娘の写真や奥さんと娘のツーショットを僕が撮ったり、奥さんと出産までの事や生まれたての子供の話をしたり。そんな感じで時間は過ぎた。

 

それまで何時間も痛みのあまり叫んでいた奥さんは、出産した瞬間からすっかり穏やかになった。そして後日わかったんだけど、奥さんは出産前後の事を全く覚えていなかった。出産直後の娘の写メを見て「この子こんな顔だったの!?」と驚いていた。僕と話した内容も覚えていなかった。出産立ち合い時に、僕は手術する時の医者のように青のビニールっぽい服と帽子をしていたのだけれど、その恰好を覚えていないどころか、出産時に僕がどこにいたかも全く覚えていなかった。なのでプレパパ達は安心して欲しい。出産時に、あなたが多少やらかしても奥さんは覚えていない。ただし、盛大にやらかした場合の保証はできない。

 

我が家の出産は以上。繰り返すけれど、これは1カ月前の出来事。そしてこの一カ月間も色々とあった。特に奥さんと娘が退院してからの三週間。二人が退院してから一か月間在宅勤務をしている自分だから、普通のサラリーマンのお父さんよりは、新生児について大分詳しくなったと思う。

 

次回から、新生児を抱えての一か月間について簡単に記したい。でも本音を言うと、この一か月間の記憶は早くも風化しつつあるから、リアルタイムで記録を残しておけばよかったと後悔している。それができなかったのは自分に余裕がなかったから。時間的余裕がなかったわけではなく、精神的余裕がなかった。想像していた程赤ん坊に振り回される24時間ではなかったけれで(それでも相当振り回されていた、もとい振り回されている)、空き時間はとにかくだらだらしたいという状態が続いていたせいで、ブログを書く気になれなかった。

 

職場復帰も間近にせまって自分の状態が落ち着いてきたので、これからはまたブログを更新していきたいです。この一か月間の事や、これからの日々の事を残しておきたい。